行政監視研究会

棟居快行「二院制の意義ならびに参議院の独自性―国会の憲法上の位置付けから見た論点整理―」

二院制の意義ならびに参議院の独自性―国会の憲法上の位置付けから見た論点整理―
国立国会図書館 調査及び立法考査局  専門調査員 政治議会調査室主任 棟居快行

著者は憲法学者であり、この論文は2016.2.17参議院憲法審査会において、浅野善治参考人の説明資料として議場配布されています。


・3 「法律の誠実な執行」をめぐる行政監視の府としての参議院
参議院としては、むしろ内閣の争いのない権限ないし義務であるところの「法律の誠実な執行」(憲法第 73 条第1 号参照)につき、そのまさに「誠実な執行」を監視する、という役割を重点的に果たしてゆくことが、衆議院とは異なり決算とは区別された行政監視委員会を有する参議院の現状とも整合し、また理屈のうえでも筋が通ることになるはずである。
・おわりに
本稿は特に目新しい結論を導くものではなく、既存のいわば標準的な二院制の意義や参議院の独自性の説明に、憲法解釈上の根拠付けを与えようとする作業にとどまっていることをお断りしたい。

と書かれていますが(18~19頁)「行政監視」の憲法解釈上の根拠付けについてはこの棟居論文(2015.4)以前に荒井論文(2009.6)があります。この論文も2016.2.17参議院憲法審査会において、荒井達夫参考人の説明資料として議場配布されています。

行政監視とは何か~行政監視の本質と委員会の在り方~
行政監視委員会調査室 荒井達夫

2008年10月~2009年10月に荒井達夫が山下栄一参議院行政監視委員長と行政の現場視察を続ける中で書いた論文であり、ここに「行政監視」に関する最初の憲法解釈上の根拠付けが示されています。「行政監視」とは、「行政権の行使について国会に対し責任を負っている内閣が、法律を誠実に執行するという憲法上の義務に違反していないかどうか、を国会が常時注意して見ること」である、と定義しました(55頁)。棟居論文のように単に法的根拠を示すのではなく、憲法上の根拠を示して「行政監視」を定義した点(※)が異なります。日本国憲法に「行政監視」の文言はなく、関係条文である第73条第1号は「法律を誠実に執行し」としか規定していません。したがって、行政監視とは何か、「行政監視」の明確な説明なしに憲法解釈上の根拠付けはできないからです。この点、棟居論文には重大な欠陥があると言うべきでしょう。
※2022.11.9参議院憲法審査会 西田実仁議員発言PDFファイルを表示

当時、行政監視委員会はテーマ設定と日程調整で迷走しており、それを打開する目的で荒井論文は書かれました。「行政監視とは何か、行政監視がどのようなものであり、委員会はどう在るべきか」という問題は、特に憲法規定との関係を踏まえ、根源的に論じられる必要があろう(55頁)との問題意識で、行政監視委員長との議論をまとめた内容になっています。行政監視委員会は主権在民の実現のために要となる委員会であり、国権の最高機関としての存在意義を深く自覚し、国対政治に翻弄されることなく、与野党対立の下にあっても開催され、公共の利益の実現のためにその見識を示していかなければならない(※)、というのが山下委員長の基本の考え方でした。
山下栄一「行政監視と視察(行政監視委員長・視察報告)」4頁PDFファイルを表示

行政監視にはいろいろな意味がある、行政の何でも対象にできる、では他の委員会との区別がなくなり、忙しい中やらなくてもいい、ということになりかねない。総務省の報告を聴いて質疑するだけでは霞が関の下請けになってしまう。参議院らしい委員会運営を目指さなければならない。参議院規則第74条第15号には行政監視に関する事項とあるが、そもそも行政監視とは何か。行政監視委員会創設の原点に立ち返って、わが国行政の問題で本当に議論すべき大事なことは何か、考えてほしい。」という山下委員長のお話でした。この委員長の言葉は、今日の行政監視委員会の運営についても全く同様であり、関係者に対する重大な問いかけとなっている(※)と言えます。
※2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元参議院行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示

棟居論文では荒井論文が参考文献にもあげられていませんが、「行政監視」は国会の実務であり、それを知らなければ真に有用な議論はできない、というのが「行政監視」の最前線にいた荒井達夫の確固たる考えです。特に棟居論文が、「監視」の法令用語としての意味や法律を「誠実に」執行することの現実的な意味に言及していない点は、実務家の目からすれば致命的であると思います。これでは本物の「行政監視」はできません。また、「行政監視」の憲法解釈上の根拠付けだけなら荒井論文で十分であり、「衆議院とは異なり決算とは区別された行政監視委員会を有する参議院」の指摘についても荒井論文(56頁)ではより詳しく述べております(さらにこちら※)。荒井論文は「行政監視」の最重要機関である参議院行政監視委員会の職員による執筆ですから、当然誠実に引用されるべきでした。学者としての知性を疑います。棟居論文は肝心の「行政監視」の定義に関する説明を欠いており、荒井論文の公表から6年近く過ぎても「行政監視」に関する議論が憲法学者の間で全く進んでいないことを示している、と私は理解しています。なお、このホームページ「行政監視研究会」を開設する時点(2022.8.26)でも「行政監視」の定義に関する憲法学者の研究はありません。
※2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
※2017.12.6参議院憲法審査会 伊藤孝江議員発言PDFファイルを表示

「行政監視研究会」は、元国会職員で大学教員の荒井達夫が主宰する「行政監視」に関する研究会です。
「行政監視」は、国会の議員と職員という実務家が切り開く新しい学問分野です。
このホームページ(2022.8.26公開)では、「行政監視」に関する最先端の国会論議を紹介します。

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