山谷清秀 「行政監視」は何を意味するのか
著者は行政学者であり、日本において「行政監視」という言葉がどのような領域で、どのようなイメージを持って使われてきたのか、その射程を明らかにし、整理を行う、という内容の論文です。
荒井達夫の論文「行政監視とは何か」が最初に検討対象として挙げられており(104頁PDFファイルを表示)、「行政監視は不正の責任追求なのか」という小見出しが付けられています。その評価はかなりネガティブに感じられますが、「行政監視にはいろいろな意味がある」という、概念の多義性を強調する主張のように思われます。そのため、「行政監視」の定義の明確化が極めて重要であると主張する私にとって、無視することはできません。以下「行政監視」の実務経験者として注意すべきと考える重要論点について指摘しておくことにします。なお、ここで「行政監視」とは、国会が行う行政の監視、すなわち、参議院行政監視委員会が所管する「行政監視」(参議院規則第74条第15号)のことを言います。行政の監視は、我が国の統治機構上、国会、特に参議院の行政監視委員会によるものが最も重要であり、「行政監視」を論ずる場合、それを中心にすべきだと私は考えます。
②政策評価も「行政監視」の一つではないか、と言われることがありますが、「行政監視」は法律が誠実に執行されているかどうかの監視であり、その対象には政策評価法(行政機関が行う政策の評価に関する法律)が含まれます。しかし、「行政監視」では個々の政策の結果の妥当性を問うのではなく、あくまでも同法が誠実に執行されているかどうかを問題にします。参議院行政監視委員会が同法を所管する総務省から報告を聴取して質疑を行っているのも、本来それが目的と考えるべきです。そうでなければ、他の委員会との区別がつかなくなり、行政監視委員会の著しい過重負担になります。行政監視委員会が全省庁の政策の評価を行うことは元々不可能です。ましてや、地方自治体の政策評価に関与するなど論外です(※)。また、個々の政策の評価は各常任委員会の重要な仕事であり、それなしに法改正も新規立法も議論できません。政策評価は何より各常任委員会の仕事であることを深く認識すべきです。行政監視委員会は政策評価に関わりますが、それを目的として創設された機関ではありません。以上を前提に、参議院規則第74条第15号の「行政監視に関する事項」と「行政評価に関する事項」を解釈する必要があると考えます。重要なことは、行政監視委員会の第一の仕事が「行政監視」であり、それが概念上「行政評価」と明確に区別される内容の仕事であるということです。ここを間違えると、実務はでたらめになります。
※ 2015.3.23参議院行政監視委員会 山谷清志参考人発言PDFファイルを表示
➂「行政監視」は不正の責任追求が目的ではありません。公務員の働きぶり(法律の執行)を見張る国会の活動であり、不正(法律の不誠実な執行)が起きないように常時注意して見る、という点が最重要ポイントと言えます。「行政監視」では事件発生の有無に関わらず、行政の現場視察(法律執行の現状調査)が非常に重要である、と主張しているのはそのためです。公務員不祥事の原因究明と責任追及が重要であることは言うまでありませんが、それは何より再発防止で法律の誠実な執行を確保することが目的です。
④不正が起きないように常時注意して見る、という意味では、いわゆる少数者調査権の制度も高評価はできません。基本的に事件発生後の対応でしかなく、しかも超党派を目指す「行政監視」の思想に反するからです(※1)。「行政監視」では超党派で長期継続的に活動できる方法を探ることが重要であり、そのためには事件発生以前の日常的で地味な活動、特に行政の現場視察(法律執行の現状調査)に力を入れるべきである、というのが荒井達夫の主張です。この点、勝山教子教授がフランス議会における類似の活動について述べており、国会の実務としての共通性を感じます(※2)。
※1 2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2 2016.2.10参議院国の統治機構に関する調査会 勝山教子参考人発言PDFファイルを表示
⑤不正が起きないようにするには、特に行政の組織と人事に着目する必要があります(※1)。組織に人が配置され、そこに金が流れることで法律が執行される、その形で行政は行われるからですが、金の面の監視は税金の適正な使い方の観点から行政監視委員会ではなく、決算委員会の役割分担とするのが合理的です。なお、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、行政監視とは本質的に異なる点、要注意であり、これについては私が参議院憲法審査会で指摘しております(※2)。
※1 2011.4.18参議院行政監視委員会(末松信介委員長) 委員派遣報告PDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
⑥「行政監視」の中心点は、法が「主権者国民に対して」誠実に執行されているかどうかに置かれるべきです。「行政監視」は、民主主義の原理に基づき、公共の利益(=全国民に共通する社会一般の利益)の実現のために、主権者国民に代わって国権の最高機関である国会が行う活動だからです。民主主義国家である我が国において、政府と官僚機構は、法(憲法および法律)を執行するにあたり、何よりも「主権者国民に対して」誠実でなければなりません。それを見張るのが「行政監視」です。
※2017.12.5参議院財政金融委員会 風間直樹議員発言 PDFファイルを表示
荒井達夫が「行政監視とは何か」の論文を書いたのは2009年であり、その後「行政監視」の議論は関係議員の努力により国会審議の中でさらに発展、深化しています。「行政監視」は国会の実務であることの証明です。今回このホームページを開設したのは、それを世に知らせるためでした。行政監視にはいろいろな意味がある、ではなく、本当に必要な行政の監視とは何か、が基本の問題意識でなければならない(※)、と考えて活動を続けています。それが国権の最高機関である国会の議員と職員の本来の役割だからです。参議院規則第74条第15号「行政監視に関する事項」に基づき、常に「行政監視として、参議院は何をすべきか」を具体的に考えなければなりません。「行政監視にはいろいろな意味がある」という学者の主張は、実務上の混乱を招き、有害でさえあると私は考えます。実際、「行政監視にはいろいろな意味がある」→「国会のあらゆる活動が行政監視につながる」→「本当に必要な行政の監視とは何か、国会は何をすべきか、考えられない」という思考になりがちだからです。特に、省ぐるみの公文書の改ざんという行政の危機的な状況において、有用な具体策を提案できないという、「行政監視」の名に値しない学説の現状を見れば、そう思います。学者はこの深刻な状況を真剣に受け止めるべきです。
※2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示
著者は行政学者であり、日本において「行政監視」という言葉がどのような領域で、どのようなイメージを持って使われてきたのか、その射程を明らかにし、整理を行う、という内容の論文です。
荒井達夫の論文「行政監視とは何か」が最初に検討対象として挙げられており(104頁PDFファイルを表示)、「行政監視は不正の責任追求なのか」という小見出しが付けられています。その評価はかなりネガティブに感じられますが、「行政監視にはいろいろな意味がある」という、概念の多義性を強調する主張のように思われます。そのため、「行政監視」の定義の明確化が極めて重要であると主張する私にとって、無視することはできません。以下「行政監視」の実務経験者として注意すべきと考える重要論点について指摘しておくことにします。なお、ここで「行政監視」とは、国会が行う行政の監視、すなわち、参議院行政監視委員会が所管する「行政監視」(参議院規則第74条第15号)のことを言います。行政の監視は、我が国の統治機構上、国会、特に参議院の行政監視委員会によるものが最も重要であり、「行政監視」を論ずる場合、それを中心にすべきだと私は考えます。
①「監視」とは「特定の人、機関等の行為が義務に違反しないか等について常時注意して見ること」(有斐閣『法律用語辞典』)を言いますが、「行政監視」では本質的に監視機関の独立性が強く求められます(※)。この点非常に重要であり、行政統制一般とは異なるところです。
※2011.5.30参議院行政監視委員会 中島忠能参考人発言PDFファイルを表示
②政策評価も「行政監視」の一つではないか、と言われることがありますが、「行政監視」は法律が誠実に執行されているかどうかの監視であり、その対象には政策評価法(行政機関が行う政策の評価に関する法律)が含まれます。しかし、「行政監視」では個々の政策の結果の妥当性を問うのではなく、あくまでも同法が誠実に執行されているかどうかを問題にします。参議院行政監視委員会が同法を所管する総務省から報告を聴取して質疑を行っているのも、本来それが目的と考えるべきです。そうでなければ、他の委員会との区別がつかなくなり、行政監視委員会の著しい過重負担になります。行政監視委員会が全省庁の政策の評価を行うことは元々不可能です。ましてや、地方自治体の政策評価に関与するなど論外です(※)。また、個々の政策の評価は各常任委員会の重要な仕事であり、それなしに法改正も新規立法も議論できません。政策評価は何より各常任委員会の仕事であることを深く認識すべきです。行政監視委員会は政策評価に関わりますが、それを目的として創設された機関ではありません。以上を前提に、参議院規則第74条第15号の「行政監視に関する事項」と「行政評価に関する事項」を解釈する必要があると考えます。重要なことは、行政監視委員会の第一の仕事が「行政監視」であり、それが概念上「行政評価」と明確に区別される内容の仕事であるということです。ここを間違えると、実務はでたらめになります。
※ 2015.3.23参議院行政監視委員会 山谷清志参考人発言PDFファイルを表示
➂「行政監視」は不正の責任追求が目的ではありません。公務員の働きぶり(法律の執行)を見張る国会の活動であり、不正(法律の不誠実な執行)が起きないように常時注意して見る、という点が最重要ポイントと言えます。「行政監視」では事件発生の有無に関わらず、行政の現場視察(法律執行の現状調査)が非常に重要である、と主張しているのはそのためです。公務員不祥事の原因究明と責任追及が重要であることは言うまでありませんが、それは何より再発防止で法律の誠実な執行を確保することが目的です。
④不正が起きないように常時注意して見る、という意味では、いわゆる少数者調査権の制度も高評価はできません。基本的に事件発生後の対応でしかなく、しかも超党派を目指す「行政監視」の思想に反するからです(※1)。「行政監視」では超党派で長期継続的に活動できる方法を探ることが重要であり、そのためには事件発生以前の日常的で地味な活動、特に行政の現場視察(法律執行の現状調査)に力を入れるべきである、というのが荒井達夫の主張です。この点、勝山教子教授がフランス議会における類似の活動について述べており、国会の実務としての共通性を感じます(※2)。
※1 2014.4.9参議院国の統治機構に関する調査会 山下栄一参考人(元行政監視委員長)発言PDFファイルを表示
※2 2016.2.10参議院国の統治機構に関する調査会 勝山教子参考人発言PDFファイルを表示
⑤不正が起きないようにするには、特に行政の組織と人事に着目する必要があります(※1)。組織に人が配置され、そこに金が流れることで法律が執行される、その形で行政は行われるからですが、金の面の監視は税金の適正な使い方の観点から行政監視委員会ではなく、決算委員会の役割分担とするのが合理的です。なお、決算審議の目的は予算審議へのフィードバックであり、行政監視とは本質的に異なる点、要注意であり、これについては私が参議院憲法審査会で指摘しております(※2)。
※1 2011.4.18参議院行政監視委員会(末松信介委員長) 委員派遣報告PDFファイルを表示
※2 2016.2.17参議院憲法審査会 荒井達夫参考人発言PDFファイルを表示
⑥「行政監視」の中心点は、法が「主権者国民に対して」誠実に執行されているかどうかに置かれるべきです。「行政監視」は、民主主義の原理に基づき、公共の利益(=全国民に共通する社会一般の利益)の実現のために、主権者国民に代わって国権の最高機関である国会が行う活動だからです。民主主義国家である我が国において、政府と官僚機構は、法(憲法および法律)を執行するにあたり、何よりも「主権者国民に対して」誠実でなければなりません。それを見張るのが「行政監視」です。
※2017.12.5参議院財政金融委員会 風間直樹議員発言 PDFファイルを表示
荒井達夫が「行政監視とは何か」の論文を書いたのは2009年であり、その後「行政監視」の議論は関係議員の努力により国会審議の中でさらに発展、深化しています。「行政監視」は国会の実務であることの証明です。今回このホームページを開設したのは、それを世に知らせるためでした。行政監視にはいろいろな意味がある、ではなく、本当に必要な行政の監視とは何か、が基本の問題意識でなければならない(※)、と考えて活動を続けています。それが国権の最高機関である国会の議員と職員の本来の役割だからです。参議院規則第74条第15号「行政監視に関する事項」に基づき、常に「行政監視として、参議院は何をすべきか」を具体的に考えなければなりません。「行政監視にはいろいろな意味がある」という学者の主張は、実務上の混乱を招き、有害でさえあると私は考えます。実際、「行政監視にはいろいろな意味がある」→「国会のあらゆる活動が行政監視につながる」→「本当に必要な行政の監視とは何か、国会は何をすべきか、考えられない」という思考になりがちだからです。特に、省ぐるみの公文書の改ざんという行政の危機的な状況において、有用な具体策を提案できないという、「行政監視」の名に値しない学説の現状を見れば、そう思います。学者はこの深刻な状況を真剣に受け止めるべきです。
※2012.4.23参議院行政監視委員会 風間直樹議員発言PDFファイルを表示